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第1回勉強会~フィジーの歴史~

①フィジーの起源

・紀元前1300年頃の土器などがヴィティ・レヴ島から発見されています。紀元前1300年頃といったら、古代エジプトや中国の殷王朝の時代ですね。かなり昔からフィジーには人が住んでいたことがわかります。

 

・ヴィティ・レヴ島ですが、これはフィジー最大の島で首都のスバ、国際空港のあるナンディなどの都市があります。フィジーの中心となる島です。全体的に山がちで平野は少ないそうです。

 

②ヨーロッパ人の来訪

・一番最初にフィジーに来たのはオランダのタスマンで、1643年のことでした。その後イギリスのクックなどが来て、1874年のヴィクトリア女王の時代にはフィジーはイギリスの植民地となりました。

 

・現在のフィジーにはフィジー系とインド系の住人がいます。元々はフィジー系だけでしたが、19世紀後半に西洋との接触でもたらされた伝染病が拡大し、フィジー人絶滅の危機が訪れました。そこで、イギリスは砂糖のプランテーションのために多くのインド人をフィジーに移住させます。そうすることで人種絶滅を防ごうとしたのです。しかし現在はこのことが原因で問題もあるようです。

 

1881年、ロツマ島がイギリスの植民地となります。このロツマ島ですが、1987年にロツマ共和国として独立します。現在でもフィジー系vsインド系の対立があるようです・・・。

 

③民族運動~独立へ

・まず取り上げるのが、アポロシ・ナワイという人物です。彼は、フィジー系住民の民族運動「ヴィチ・カンパ二運動」の先導者で、1913年にフィジーで初めてのフィジー人による会社を興しました。

 

・1970年には英国連邦王国として自立します。つまり、オーストラリアやニュージーランド、カナダなどと同じですね。

 

・1987年、ティモチ・バヴァドラ首相が政権を握るが、クーデターが起こり共和党宣言がなされ、イギリス連邦を離脱します。

 

・1987年、ロツマ島出身のヘンリー・ギブソンが移住先のニュージーランドでロツマ共和国の独立を宣言します。

 

④政治の変遷

・1990年代は、初めて憲法が公布されたり、改正されたりして、だんだんと政治の基盤ができはじめました。

 

・2007年、フランク・バイニマラマが首相に就任します。この人物はフィジーの海軍軍人であり、政治家です。2006年のクーデターで民政を解体させたのは非合法だったと控訴審が判決したため、2009年にバイニマラマは首相を辞職しました。当時の大統領であるイロイロから、「顕著な功績と最大級の優秀さ、フィジーへの貢献と大いなる人間性」をたたえられ、フィジー勲章を叙されたそうです。

 

・2009年、英連邦が民主的選挙未実施を理由にフィジーのメンバー資格停止を発表します。

 

・また、2011年、国名をフィジー諸島共和国からフィジー共和国へと改称しました。

 

・2014年9月17日にフィジー議会総選挙が行われました。ここでは、バイニマラマ率いるフィジー・ファーストが大勝します。そして民権が復帰します。このフィジー・ファーストですが、第一党で勝利したにもかかわらず、多くの生来のフィジー人から軽蔑されているそうです。フィジーの憲法は民族性に無頓着であり、先住民は文化の消滅とイスラムの陰謀によって国が支配されることに対する恐怖心を抱いてる、などの理由があるらしいです。今もなお、課題はたくさん残されているのですね、、、。